熱函(NETSUBAKO)

Let her insult me. Let her spit on me. She has an immortal soul, and I must do all that is in my power to save it.

はちゃめちゃによくて、どうせ誰も行かなそうなので思うさま薦められる喫茶店

 先週末、トップガン マーヴェリックを観に行った。映画というより映像体験という向きが強く、物語を追う部分では頭を使わなかったので、はしご映画ができそうだった。

 

シンウルトラマンの上映時間まで時間を潰そうと、土地勘のない浦和駅周辺の喫茶店をグーグルで探す。最初に目当てにした店に向かうと、満席で入店を断られる。仕方なしに、駅から少し離れたところにある次点の店に向かうが、これがものすごかった。

 

佇まいは路地の中にこじんまりと建つ古民家カフェで、正直に言えば「そういうコンセプトのカフェ」と思って足を踏み入れた。ところがどっこい、喫茶店の主は若くても七十代、恐らくは八十がらみの老婆。時間は15時前、先客はカウンター席に青年が一人きりで、店内のBGMは、壁時計がコチコチと刻む音と、開け放たれた玄関の前を車や自転車が横切る音だけ。

 

店内には文庫本が整然と並べられているが、ラインナップは講談社文庫や文春文庫といったメジャーレーベルが主で、雰囲気作りというより自宅の収納の延長線上といったところ。木が基調のレトロな店内に、むき出しのティッシュボックスが無造作に置かれているのも「おばあちゃんち」といった感じを与える。

 

そして、コーヒーもとにかく安い。ブレンドコーヒーが400円。ブルーマウンテンでも500円。個人店のコーヒーでこれは破格だ。老婆が電気式のコーヒーミルで挽いたコーヒーは、原寸大においしい。三つ隣の席の若者は、無言で本に目を落とす。時折パチパチと、そろばんを弾く音が聞こえる。そろばん! 時間が止まったような、と表現すれば簡単だけれど、時計の針が一秒ごとに、今も営業する現役の喫茶店であることを教えてくれる。

 

コーヒーを飲み終える頃、自転車でおじさんがやってきた。ケーキセットと、と今日のコーヒーを考えていたが、老婆の方から「いつもの?」と訊ね、結局毎度頼んでいるのであろうモカを注文していた。

ストイックなようだけれど、おばあさんの趣味の延長線上とも思えるような居心地のよさのある店で、ただ椅子に座ってコーヒーをすするだけで、今日は外出した甲斐があったなあ、と思わせてくれる、掛け値なしの名店だった。

浦和駅から徒歩数分、やじろべえ珈琲店。どこかの誰かの頭の中にある“理想のカフェ”をそっくりそのまま実現したかのような驚きと、もう一度来たいと思わせる親しみが同居した喫茶店。こんな店があるんだなあと感慨にふけっていたら、シンウルトラマンの上映時間をすっかり忘れてしまっていて、結局間に合わずじまいだった。

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